大判例

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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)10859号 判決 1976年3月18日

原告

宝田市三

ほか一名

被告

大東京火災海上保険株式会社

主文

(一)  原告らの請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの連帯負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

(一)  被告は、原告らに対し各金二五〇万円およびこれに対する昭和五〇年一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言

二  被告

主文同旨の判決

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

昭和四八年一〇月七日午前零時二五分頃埼玉県川越市松江町一丁目三番一号先路上において、川本博通運転、亡宝田和広(以下「亡和広」という。)同乗の普通乗用車(埼五六つ三五四八号、以下「加害車」という。)が、コンクリートの緩衝帯に激突し、このため亡和広は、同月一〇日頭蓋底骨折等のため死亡した。

(二)  被告の責任

1 有限会社宝田製作所(以下「訴外会社」という。)は、加害車を所有し自己のため運行の用に供していたものである。

2 被告は、昭和四八年七月三日訴外会社との間で、加害車につき、保険期間を同月二一日から昭和五〇年七月二一日までとする自動車損害賠償責任保険契約を締結した。

(三)  亡和広の逸失利益とその相続

1 亡和広は、昭和二六年五月五日生れの男子であり、本件事故に遭遇しなければなお四五年間稼働可能であると考えられるところ、昭和四八年の男子労働者の平均賃金は二二才の者で一ケ月当り金八万四、七〇〇円であるから、亡和広も本件事故に遭遇しなければ四五年間にわたり右平均賃金額を下らない月収を得られたものと推定されるので、生活費として五割を控除し、中間利息を控除すると、同人の逸夫利益の現価は金一、一八〇万五、九九四円となる。

2 原告宝田市三(以下「原告市三」という。他の原告についても同様とする。)は亡和広の父であり、同喜久は同人の母であろから、原告らは、右逸失利益の二分の一に当る金五九〇万二、九九七円宛相続した。

(四)  原告ら固有の損害

1 葬儀費用 各金一五万円

2 慰謝料 各金四〇〇万円

(五)  結論

よつて、原告らは、被告に対し保険金限度額金五〇〇万円の二分の一に当る各金二五〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五〇年一月一八日から支払ずみまで、民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

(一)  請求原因(一)および(二)の事実を認める。

(二)  同(三)および(四)のうち、亡和広の生年月日および原告市三が亡和広の父であることを認め、その余の事実は不知、慰謝料額を争う。

三  被告の主張

(一)  亡和広の運行供用者性

本件事故当時の加害者の具体的運行につき亡和広は運行供用者たる地位にあつたから、「他人」に当らない。

すなわち、

(1) 亡和広は、父である原告市三の経営するいわゆる個人会社である訴外会社の社員として勤務していたものであるところ、勤務中は勿論勤務時間外も加害車を自己の専用車として使用管理していたものであり、加害車を自己のため運行の用に供していたものである。

(2) 亡和広は、本件事故前日の昭和四八年一〇月六日原告市三の許諾を得て加害車を運転し、自己の婚約祝いを兼ねた同窓生同志の会合に出席して飲酒し、その帰途、友人でこれまた飲酒銘酊していた川本に加害車の運転をまかせて、加害車に同乗し、川本に対して「川越へ入つたら曲り道があるから気をつけろよ。」などと指示していたものである。このように銘酊していた川本に加害車を運転させることは、訴外会社の代表者である原告市三の許諾を期待しえないところであるから、川本に運転をまかせた和広は、加害車の運行供用者に当り、「他人」には当らないというべきである。

(二)  過失相殺

仮に亡和広が「他人」に当るとしても、同人は、飲酒銘酊していた川本に加害車の運転を依頼し、川本の酒酔いを認識しながら、自己も後部座席に同乗していたものであるから、亡和広にも過失があるというべきである。

四  被告の主張に対する原告らの答弁および反論

被告の主張事実を否認する。

(1)  亡和広は、加害車を訴外会社代表者である父原告市三の承諾を得て借用して新宿での同窓会に臨み、終了後直ちに返還する予定であつた。かかる貸与者の承諾、貸与者と亡和広との人的関係、返還予定時間を考慮に入れると、訴外会社は加害車についての運行支配および運行利益を喪失しておらず、依然運行供用者としての地位にあるものというべきである。

(2)  亡和広が本件事故当時加害車の後部座席で眠つており、かつ、川本が加害車の運転を開始する直前に原告市三が、川本が加害車を運転することを承諾したものであるから、亡和広は、加害車に対する運行供用者としての地位から離脱していたものというべきである。

(3)  仮に亡和広が加害車の運行供用者に当るとしても、運行供用者性と他人性とは相排斥する概念ではなく、運行供用者として、その運行に関与した割合によつてその者の他人性が阻却されるのみで、他人性が阻却されない部分については、割合的に「他人」として保護されるべきである。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因(一)の事実は、当事者間に争いがない。

二  被告の責任

(一)  請求原因(二)の事実は、当事者間に争いがない。

(二)  そこで、被告の主張について考える。

成立に争いのない甲第三号証、同第五号証の三、四、六、乙第一号証の一、二、四ないし六、同号証の八、証人粟生田光子、同川本博通の各証言および原告市三尋問の結果によれば、次の事実が認められる。

1  原告市三は亡和広(昭和二六年五月五日生れ)の父であり(この事実は当事者間に争いがない。)、同喜久は同人の母であり、原告らには、亡和広のほかに、昭和四八年五月八日婚姻して別居した娘があるが、右四名のうちで自動車の運転免許を有していたのは亡和広だけであつた。

2  原告市三は、サツシ組立業を営んでおり、亡和広は、高校を卒業すると同時に同原告の右営業を手伝い、給料として毎月金員を得ていた。そして原告市三は、右営業を法人組織にして行なうこととし、原告らの家族が社員となり、原告市三が大部分を出資して自ら代表取締役となつて、昭和四六年頃訴外会社を設立した。訴外会社の工場と原告らの住居(本件事故当時原告らと亡和広とは同居していた。)とは同一敷地内にあり、訴外会社の営業活動は、原告市三、亡和広および従業員某の三名によつて実際上行なわれて来た。

3  訴外会社では、昭和四八年六月頃加害車を購入して、仕事の発注先である田島製作所との仕事上の連絡等に使用してきたが、これを運転するのは専ら亡和広であり、運転免許を有していた従業員某は、自家用車を所有していたことと、対外的な営業活動に従事していなかつたこととのために、加害車を運転したことは殆んどなかつた。

4  亡和広は、訴外会社の営業時間内に加害車を私用運転したことはなかつたが、カーステレオを聞くのが大好きであつたため、仕事が終つてから毎日三〇分位加害車を運転して外出しており、また昭和四八年七月末頃からは、同年八月に婚約した粟生田光子と週三回位加害車でドライブしていた。

5  加害者のキーは、原告市三の部屋に置いてあり、亡和広が加害車を運転する場合には、原告市三が居る時にはこれから出かける旨話すが、同原告が居合わせない時には特に断わらずにキーを持ち出して使用しており、いずれの場合も、同原告に加害車の使用の許可を求めることはなかつた。

6  本件事故前日の同年一〇月六日(土曜日)には、亡和広の高校時代の同級生である川本博通、松本嘉吉ら数名が集まつて一緒に飲むことになつており、亡和広は、その際に婚約者である粟生田を友達に紹介することとし、原告市三にその旨を告げ、午前中だけ訴外会社の仕事をして、同日午後三時頃加害車に乗つて粟生田方へ同人を迎えに行き、同日午後六時三〇分頃集合場所である新宿の喫茶店に到着し、同店で三〇分位他の者を待つてから、近くのマンモスバー「チエツク」へ行つて飲酒しているうちに、亡和広が松本に対して、泊りに来るように誘い、同人がこれに応じたところ、この話を聞いていた川本も、自分も泊りに行きたいが翌日仕事があるからどうしようかなどと言い出し、結局、亡和広が、翌朝川本を加害車で勤務に間に合うように送り届けることを約したため、川本もその夜亡和広方へ泊ることとなつた。その後、亡和広は、川本に酒を勧められ、酔つてしまうからだめだといつて断つたが、同人から、自分が運転して行くから大丈夫だと言われて、勧められるまま川本らと飲酒を続け、かなり酔つてしまつた。

7  粟生田は、同日午後一一時過ぎ頃独断で原告市三に電話し、同原告方へ亡和広の友人が泊りに行く旨を伝えると共に、亡和広が酔つてしまつたので川本が加害車を運転して行く旨伝えた。これに対して同原告は、馴れない車を運転するのだから気をつけるように川本に伝えるよう話した。

8  亡和広らは、駐車場が午後一一時三〇分に営業終了となるので、それに間に合うようにバーを出て駐車場へ行き、亡和広がキーを受戻して川本に渡し、同人が加害車を運転し、他の者が同乗して出発し、途中で一名を降したのち、亡和広方へ向う途中本件事故に遭遇した。

以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右事実によれば、訴外会社が極めて小規模の有限会社で、その構成等から原告市三の個人企業と同視しうるものであり、原告らの子としては、婚姻して別居した娘以外には亡和広だけしかおらず、同人が原告市三の営業の後継者たる地位にあるものとみることができ、これに、原告らの家族中で運転免許を有しているのが亡和広だけであること、亡和広が加害車を毎日の如く私用に供しており、原告市三がこれを許容していたことを併わせ考えると、訴外会社と共に、亡和広もまた加害車に対して運行支配および運行利益を有していたものというべきである。そして、本件事故当時の加害車の具体的運行についてみると、加害車を運転していたのは川本で、亡和広は同乗者にすぎなかつたけれども、川本が運転するに至つた経過は前記のとおりであつて、この経過に鑑みると、当該具体的運行は、亡和広のためのものであり、運行支配も同人に存したものということができる(この判断に当り、亡和広が、後部座席で眠つていたか、川本に指図していたかという点、川本の飲酒運転につき原告市三の許諾を期待できる事情にあつたか否かの点、原告市三が粟生田を介して川本が運転することを承諾したことになるか否かの点および川本がどのような意図で加害車を運転したかの点は全く無関係な事柄である。)。

右のとおりとすると、本件事故の被害者である亡和広は、他面、本件事故当時加害車を自己のため運行の用に供していたものであり、その運行支配は、訴外会社のそれが間接的、潜在的、抽衆的であるのに対し、はるかに直接的、顕在的、具体的であつたものと解されるので、このような場合には、亡和広が自賠法三条の「他人」であることを主張することは許されないというべきである(最判昭五〇・一一・四参照)。なお原告らは、他人性の間題を割合的に考えるべき旨主張するが、本件の場合には採用しがたい。

三  結論

以上述べたところによれば、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるからいずれも棄却すべく、訴外費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 瀬戸正義)

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